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「決断」について 02

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「なんでそんなことしたの?」

第三者にはそう見えてしまうかもしれない、それが決断。

例えば、将棋の一手。定跡にはない手を打つ。

例えば、てらてつ仲間のコメントから思い出した、キングカズの代表落ち。あの時の岡田監督は、まさに決断したのでしょう。

あるいは、東大医学部を辞める。ぼくですね。一番困惑したのは、父母だったでしょう。京を授かり、今更ながら、父母の気持ちに気付かされます。「親の心子知らず」は、きっと、親子関係の普遍的事実なのでしょうね。

閑話休題。

さて、「決断」をテーマにしていた先月の「てらてつ」ですが、おかげさまで多くのエピソード、多くの視点をいただきました。

コンピューターは決して人生を送れません。人間の選択は悲喜こもごも、感情を揺さぶるものですね。計算内の選択は感動を産みません。

さて、かまてつ(鎌倉のお寺で哲学する)で頂いたエピソードや意見から厳選してみました。

まずはこれ、いかがでしょう。

「決断することで、余分なものを捨てられる」

これを逆転すると、こうなります。

「余分なものを捨てないと決断できない」

決断は、人生を整える好機だということですね。

みなさん、このテーゼはいかがでしょう?

ぼくは大きく首肯しました。

いろんなものを抱えたまま選んでいく、ぼくたちの平時ってこんなもんじゃないですか。でも、どんどん抱えるものを増やしていくと、追い込まれてしまう時が必ず来る。

そこが決断ポイントなのでしょう。

「人生を整える」と言いましたが、決断は「自己を磨く」機会でもあるのでしょう。

整えるということは、余分なものを捨てることなのですからね。

引き続き、決断エピソードと決断話しを募集しています。

てらてつに参加してみませんか?

会場は東京は港区三田の龍源寺さんです。

鎌倉でも、てらてつを開いています。略してかまてつ。

会場は、建長寺塔頭の正統院さんです。