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豊かさとは 作文堂の生徒作品

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豊かさとは 『二宮金次郎伝』を読んで

二宮金次郎の「豊かさ」には、二つの大切な点がある。一つは、ただ消費できるだけの豊かさではなく、未来の生産に繋げられる豊かさであることだ。もう一つは、一人だけで所有するようなものではなく、周りの共に享受するものだということだ。

 私も、「豊かさ」について金次郎の考えに賛成する。

 多くの現代人は、「一人で消費できる物の量」を「豊かさ」に結びつけている。お金も、高級品も、有り余るほどある方が豊かであると考えがちだ。これは、金次郎が私たちに注意喚起するところだ。おそらく、私たちは、手っ取り早く測れるものに目が向いてしまうのだろう。だから、今、自分が実際に所有している物の量が、豊かさに基準になってしまうのだ。

 『納屋に入ったイタチ』という寓話がある。このイタチは、狭い穴を抜けた先に広がった夢のような世界に、我を忘れてしまった。そこは食料庫だった。そしてこのイタチは食べ続けた。食べ続けた結果、食料が尽きる前に死んでしまう。なぜなら、食料庫に入って来る物音に気づいた物の、入ってきた狭い穴から再び出ることができなくなっていたからだ。

 この寓話は、私たちの世界の状況を示唆している。もちろんイタチは私たち人間だ。人間は、地球にあるものを、無尽蔵だと考えているかのようだ。それを消尽する力を持つことが、豊かさであると考えているようだ。一人で消費できる量と個人の貯金が、「豊かさ」の証であると現代人は考えている。だがそれでは、寓話のイタチと同じ運命を迎えてしまうだろう。

 真の「豊かさ」とは、未来へつなげる物でなければならない。一人で食い尽くすようなものではなく、人々と共に未来へ向けて生み出すようなものでなければならない。

 二宮金次郎は生き返らないが、彼の精神は生き続けられる。消費だけでなく、生み出すことへ目を向けなければならない。そして、豊かであることは決して一人ではできないことを肝に銘じなければならない。

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