決断エピソード 大竹の場合

五十から振り返ってみると、確かに、一筋縄ではいかない人生だ。
一体、何本の縄が必要になるのか?忸怩たる思いを抱く。
では、僕はどんな決断をしてきたのか?と己の足跡を辿ってみる。

医学部を辞めたのは決断ではない。そもそも、迷いがなかった。
予備校を辞めたのは?ここにも選択肢などなかった。
二度目の東大を辞めたのは?確かに、ここには「残る」という選択肢もあった。僕の人生が一人だけのものだったら残っていただろう。
しかし、この時すでに、他の人(妻)のための自分でもあった。
ということで、大学院を辞めることに躊躇はなかった。
じゃ、決断は?
と聞かれれば、おそらく「てらてつ」を始めたことだろう。
だから『日刊スゴい人』というところにすごくない自分が出てしまったとき、
(https://sugoihito.or.jp/2017/04/15401/)
「お寺で哲学」を創り上げたと人と紹介されたのは、万歳だった。

「哲学」「お寺」という、いかにもハードルが高そうなものをつなげてさらにハードルの高さ二乗にしてしまったのだが…。
情報分析をする理知派だったら、こんな決断はしなかっただろう。
「誰もこないよ!利益でないよ!」で一蹴だったろう。
確かに。
港区三田のご縁をいただいて始めた「てらてつ」だが、生活の糧の足しになるような利益は、いまだに出していない。
しかし、だ。
利益は出ていないが、素敵な人たちが来続けてくれる。いや、こうなったら居続けてくれる、と表現できそうだ。
クレクレ人やミテミテ人の襲来は、不思議にも一度もない。
(*クレクレ人・ミテミテ人の定義は、なんとなくみなさんにお任せします)
お寺の自然浄化作用だと確信している。
で、決断だ。

正しい決定をしようとして、情報を集めれば集めるほど、決断は遠のいてくだろう。
何を信じるか?
それはですね……。
やっぱりここ。

「Don’t think. Feeeel.」
ですね。ブルース・リー先生、ありがとう!
決断にも、「身体的なもの(不自由・無根拠)」が不可欠なんでしょうね。
さて、「てらてつ」では、ご支援してくれる方と、みなさんのエピソードをお願いしています。
というのも、浅草のお寺での会「あさてつ」が始まります。
ということで、支援してくれる方、そしてみなさんの「決断」エピソード、どうぞ宜しくお願いします。
